街のひとつの歩き方(2)

街を歩くときは、ほとんど何も持たない。これは香港でスリの一団を経験してからだ。中環という駅で、乗り換えのため、ガイドブックを広げ、地下鉄の案内板を見た。ホームに下るエスカレーターに乗った。一緒にいた家族はいつの間にか数段下に離れてしまった。黒い服を着た女性がなにやら妻に話しかけてきている。エスカレーターに乗ったとたん、他の黒い服を着た女性3人が私の前後と右側に立った。まわりを囲んだ。動けない。家族に追いつけない。降りようという時に前にいた女性が切符をホームレベルの足元に落とし、拾うためにかがみ込んだ。そのままでいれば、エスカレーターのベルトコンベア的機能上、私はその女性にのしかかり、転倒することになる。もうスリと直感していたので、前にしゃがみ込んだ女性をカンフー?のように、飛び越えた。飛び越えるときに、その女性の怒ったような眼が眼下に見えた。持っていた黒いショルダーバックが誰かに引っ張られ、私の引張り返す遠心力で宙を回った。 ジョン・ウー監督のスローモーションのような長い一瞬の時間だった。家族とホームの遠くへ逃げた。バックの蓋は開いていたが、ガイドブックが一冊無くなっただけで済んだ。今思うと誤って女性の頭を蹴っていれば、逆に加害者になるところだった。以来、ガイドブックの地図だけを破り取ってポケットに入れ、「この街には慣れているぞ」という顔をして歩く。最近は、写真機もiPhone 6を前ポケットに入れるだけだ。飲み水などはスーパーのレジ袋に入れて歩く。お金も数カ所のポケットに分けて入れる。以前、ローマの地下鉄、コロッセオ駅の暗いホームを歩いている時に、警察官に突然呼び止められた。イタリア語で何かを注意されているのだが分からない。傍にいる人が英語に訳してくれた。「財布をズボンの後ろポケットに入れてはだめだ」ということだった。